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2010年3月 5日 (金)

借りものの信仰だった・・・?

最近自分の信仰生活について振り返ることがある。
自分の信仰ってなんだろう、って。

あの人がこうしているから、こうした方がいい、この人がこうしているからこうした方がいい、という基準が人にあることが自分の気持ちの中で多かった。

あそこにいたころは、組織的な教育のため、具体的にこういうことにはこう対処してきたとか、このことはこうだからこう考えるべきだ、、、とか教えられたように努力すること、従うことに価値が問われていた感じがする。

自分で考えて行動を決めるというよりも右倣えのことが多かった。

自分で考えた結果に自信が持てない。この症状は大分回復してきたけど、やっぱり何か不安がある。

それは、自分の信仰自体が右倣えだったからだ。

神様に倣う、そのことがとっても足りないことを感じている。自分の出した答えが神様の御心かどうか、そのことが自分にとって自信のないこと。

いくら自分で考えたと言っても妥協して出す自分の答えだってある。自分で考えるだけでは足りないんだ。神様とのパイプがあってこそ自分の考えの答えの価値を見出す。

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