キリスト教会

2008年9月26日 (金)

カルト専門の先生がたの苦労

このタイトルは、私がそう思っただけで、先生たちがそのように話されたわけではない。
私は、基本的には牧師先生を尊敬している。
この世的には報われることの少ない職業のひとつかもしれない。
給料の点においても、待遇や拘束時間や、休暇、いろんなことが満足できるものではないと思う。自分もかつては献身者としてHCCで迎える側の人間をしていたものとして、そのご苦労は察することができると思っている。
本当に心から喜んで仕事ができないと、自分自身もつぶれてしまう。
私はきっとつぶれてしまう側の人間だと思う。
受付に立ってなんとかニコニコしていたが、元々仏頂面の私はそれ自体が無理なことだった。
今のだんなに「(HCCにいた時は)さみしそうな笑顔をしていた。」と言われた。確かに物欲しそうな顔をしていたのかもしれない・・・
心から笑えなくてもいつも笑顔で人を迎えていた為、口元に無理笑いシワ(?私命名。)が早くからできた。浜名湖チャペルでの給仕の仕事(あえて仕事と書く。)は寿命を10年縮めた。

話は飛ぶが、今回行われたようなセミナー。ゆうきの会としては今まで裁判所での本人尋問や判決の後についでに行われていたが、5月の判決後、改めて日程を決めてセミナーをしたのは久しぶりだった。
この手のセミナーや、弁護士との打ち合わせなどをすると、ほとんど必ず、最中、またその後、すごい頭痛がする。元々頭痛もちだけど、ふらふらするのだ。
カルト化教会に関する話題は決して軽くない。話題自体が重く、苦しいのだ。
帰り道も、生あくびが止まらない。頭が回転していない。二日くらい回復するのに時間を要する。そしてしばらく重たい話に触れたくなく、軽い子育て漫画などを読んで頭をやわらかくしないととてもやっていけれないのだ。
だから、始終このようなことに関わって、頭を動かしている先生たちはすごい、と思ってしまう。
教会成長セミナーや伝道集会は同じ疲れでも質が違う。終わったあとはさわやかさがある。大きな集会が終わったあとは、学生の頃の試験期間から解放されたのに似ている。
しかしこの手の働きは重いのだ。なにせ。すべてが。
でも誰かがやらなくては野放しにされてもっとひどく進んでいくひどい教会を改善に向けていくことはできない。
人間そんなに器用じゃないから、あっちもこっちも色んなことに集中できるわけではない。そうすると、専門の先生たちは、このような重たいことに集中して働きが進んでいくことになる。
カルト救出に関わる先生たちも、体の休養、心の休養をしっかりとってほしいと思う。
HCCではよく、「10年の仕事を1年でやる。」「天国に行ったらいくらでも休めるから、今、熱心に仕事をこなす。」というようなことをあの人は言っていたが、10年の仕事は1年でできない。もしするなら無理があり、そんなことずっと続けてたらいつか壊れる。生身の人間だからこそ休息が必要なのだ。
休むことに以前は罪悪感を感じていたけど、今は全く解放されている。
いろんなご苦労があると思いますけど、休むときにはしっかり休んでそして休みを楽しんで欲しいと思います。